競艇 埼玉支部
桐生選手は整備技術もスタート技術も操縦技術も全競艇選手トップクラスですが、特筆すべきはターンの巧みさです。
あまりに鮮やかなターンを決めるので、ファンからは「神速ターン」「新世代ターン」という異名をつけられています。
また、佐藤絵美さんのお兄さんは競輪選手である「佐藤慎太郎」選手です。
佐藤慎太郎選手はS級S班というクラスに位置しています。
S級S班は競艇で言えばA1級クラスであり、最高ランクに位置する選手のひとりといえるでしょう。
しかし実は戸田競艇場は全国屈指の1号艇1着率が低い競艇場であり、なおかつ準優勝戦で少し出遅れたことから、準優勝戦は惜しくも2着となってしまいました。
競艇選手には体重制限もあり、鍛えぬいた太ももの筋肉でかなり増量していたであろう桐生選手は、事前にかなりの減量を強いられていたでしょうが、桐生選手自身は「体重を増やすことのほうが苦痛だったので、競艇選手用に体重を減らすことはまったく苦でもなかった」と語っています。
実は桐生選手のレースが始まる僅か数分前、良きライバルであり先輩でもある新田祐大選手が競輪選手日本一を決める、「日本選手権」の決勝に出場しています。
実は競艇をやっている選手のなかには競輪が好きな人が多く、この日桐生選手はほかの選手と共に集合時間ギリギリまでこのレースを観ていたそうです。
桐生選手は2012年に佐藤絵美さんと結婚しています。
実は佐藤絵美さんもかつて競艇選手を目指しており、ふたりは「やまと養成学校」で知り合い、そのまま交際をはじめたそうです。
翌2016年1月末をもってG1出場停止の処分が解かれた桐生選手はさっそく2月6日、多摩川競艇場で開催された「GI第61回関東地区選手権」に出場すると、優勝決定戦では4コースからのスタートながらコンマ01秒のスタートを切るとそのまままくり差しを決め、見事G1復帰戦を優勝で飾りました。
調べてみると、競艇選手になるための条件に身長制限があり、どちらかといえば小柄だった自分にはピッタリの競技だと感じ、競艇選手を目指すことを決意しました。
競艇選手はデビューしておよそ半年間、どの艇からスタートしても必ず6コースから進入しなければいけない、という暗黙のルールがあります。
優勝戦では1号艇に当時埼玉支部ナンバーワンである「平石和男」選手、2号艇に師匠である西村勝選手、桐生選手は4号艇となり、1号艇1着率が低い戸田競艇場とはいえ、かなり不利な状況からのスタートとなりました。
2022年桐生選手の初優勝は、地元戸田競艇場で開催されたG1レース、「プリムローズ・開設65周年記念」でした。
競艇で使用されるエンジンは、各競艇場が所有していて、抽選によって使うモーターが決まるのですが、公平なレースとなるように基本的に全てのモーターは同じ会社で、同じ設計図で製造しています。
とにもかくにもとても覚えやすい番号でデビューすることとなった桐生選手、地元の競艇場である戸田競艇場で2007年5月17日に開催されたレースでデビューすることとなります。
それでも地道に努力を積み重ね、今ではターン技術ならば全競艇選手のなかでもナンバーワンではないだろうかと思えるようなターン技術を獲得、大レースを次々と制覇するほどの選手へと成長しました。
競艇のレースのなかには年齢制限を設けているレースがあり、なかでも有名なのが30歳未満の選手を対象とした「新鋭王座決定戦」です。
しかし今は新鋭王座決定戦ではなく、2014年には「ヤングダービー」に名称が改められています。